デス・オーバチュア
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赤は火、青は水、黄は雷、緑は風、紫は魔、白は光、黒は闇。 世界に満ちる七種類の力、七色の力を使う術、それを七霊魔術と呼ぶ。 「赤霊紅蓮波(せきれいぐれんは)!」 無力な獲物だと思っていた銀髪の少女の右手の掌から、紅蓮の炎が吹き出し、ティファレクトに襲いかかった。 「なっ!?」 ティファレクトは襲いかかってきた炎を咄嗟に左手で薙ぎ払う。 炎はティファレクトの左手が巻き起こした風圧で掻き消された。 「……七霊魔術だと? 貴様、何者だ……?」 ティファレクトは一気に間合いを詰めず、警戒するような眼差しを金髪の少女に向ける。 「よくぞ聞いてくれたわ! 七色の輝きその身に宿し、趣味と実益のために、銀の拳で悪を滅ぼす! 銀髪の魔女クロスティーナ、華麗に優雅にここに降臨!」 クロスティーナと名乗った少女は口上を述べると銀色のローブを翻した。 「…………馬鹿か?」 ティファレクトは呆然とした表情で呟く。 「せめて、正義の味方って言いないさいよね、悪の吸血鬼さん」 「……偽善者?」 「否っ! 独善者と言いなさい! あたしは他人に良く見られるために善人のフリをして自分を偽ったりはしていない。ただ、自分が正しいと思うことをしているだけよ、自己満足のためにね、オッケイ?」 「…………」 ティファレクトは完全に言葉を失った。 少女の主張は解るような、解らないような、解ってはいけないような……どうも、自分にはこの少女は理解できそうにない。 「つまり、あなたが人殺しや吸血が趣味なように、あたしは悪人を滅殺するのが趣味なのよ、オッケイ?」 「……うむ、一応解ったが……」 「そう、じゃあ、行くわよ、悪の吸血鬼!」 そう言うと、クロスティーナは気合いを入れるように、左手の掌と右手の拳を合わせた。 「……我が名はティファレクト・ミカエルだ。悪の吸血鬼と呼ぶのはよせ……」 悪の吸血鬼というのは、一般の感覚でティファレクトを判定し場合、間違ってはいないだろうが、間抜けすぎてその呼び名は嫌である。 「オッケイ。あたしはクロスティーナ・カレン・ハイオールド、クロスって呼んでで良いわよ、ティファレクト」 クロスは楽しげな笑顔でそう言うと、ティファレクトに跳びかかった。 「赤霊連炎矢(せきれいれんえんや)!」 クロスがティファレクトを左手で指さすと、炎でできた矢が出現し、ティファレクトに向かって撃ちだされる。 連続で四本の矢が撃ちだされ、ティファレクトに襲いかかった。 「こざかしいっ!」 ティファレクトが右手を振り下ろす。 それだけで、炎の矢は全て霧散した。 「風圧? 衝撃波? 腕力だけで薙ぎ払うなんて流石、吸血鬼ね」 魔術を破られたクロスは焦りもせず、寧ろ楽しげに状況を分析している。 「ふん、剣術だとか魔術とか、こざかしい技術は我には無用。生まれもった『力』こそ我が全て! 我が爪と牙こそ最強にして最凶の凶器! この前のような醜態は二度とおかさぬっ!」 ティファレクトは両手を交差させると、空中に飛翔した。 「散れっ!」 ティファレクトは地上のクロスに向けて、交差させた両手を解き放つ。 「くっ!」 何かを察したかのようにクロスは後方に跳び退さった。 次の瞬間、先程までクロスが立っていた地面がバツの字に切り裂かれる。 「灼き尽くせ、全てを灰燼にきすまで! 赤霊灰燼殺(せきれいかいじんさつ)!」 クロスの言葉が響くと同時に、ティファレクトの姿が赤い炎に包み込まれた。 ティファレクトは地上に着地する。 「その炎は対象を灼き尽くすまで永遠に燃え続けるのよ……さよなら、悪の吸血鬼さん」 クロスは地上に向かって落下してくる火だるまと化したティファレクトに向けて別れの言葉を捧げると、踵を返そうとした。 その瞬間、 「あああああああああああああああああああああああっ!」 夜の闇を震撼させるのかのような凄まじい叫びが響く。 「……だから、その呼び方はよせと言っておろう」 「……叫び声で炎を掻き消したって言うの?……化け物……」 「誉め言葉として受け取っておこう」 優雅な仕草で、ティファレクトが地上に降り立った。 マントや衣服が所々焼け焦げているが、ティファレクト自身には対してダメージが無いようである。 「まさか、今の脆弱な炎がお前の最大の魔術とか言わないだろうな?」 「まさか、あたしはそこまで底が浅くないわよ」 「それは何よりだ。まだまだ楽しみたいからな」 そう言って楽しげな笑みを浮かべると、ティファレクトはクロスの視界から姿を消した。 ティファレクトはクロスの背後に出現する。 ティファレクトはそのままクロスの後頭部を左手で掴み、地面に叩きつけるつもりだった。 だが、それよりも速く、クロスは体を捻り、右足をティファレクトの腹部に叩き込む。 「ぐっ!?」 後ろ回し蹴りで吹き飛ばされたティファレクトに、クロスはさらに追撃をかけた。 「聖なる炎よ、全ての汚れを浄化せよ! 白霊浄化炎(はくれいじょうかえん)!」 天から飛来した白い炎がティファレクトを呑み込む。 「ただの炎で役不足なら、聖属性の炎ならどうかしら?」 ティファレクトを呑み込んだ白い炎は、火柱となって天を貫くように燃え上がっていた。 「……ふう」 クロスは小さく息を吐く。 少しだけ呼吸が乱れてきた。 七霊魔術は、自らの魔力を贄とし、世界に満ちている七霊の力を精神力で制御し、意志の力で現象を起こす魔術である。 全ての源となる魔力が尽きれば当然魔術は使えなくなるし、精神力を消耗し尽くせば魔術の制御が不安定になり、意志力すなわち集中力のない者はそもそも魔術を成功させることはできないのだ。 魔力の残量はまだまだ余裕がある。 しかし、赤霊灰燼殺や白霊浄化炎といった上位呪文の連続使用はクロスの精神力を著しく消費させていた。 体力や生命力と綿密に関係のある魔力と違って、精神力や意志力といったモノは少し休めば、少し『気』を楽にすることができればすぐに快復する。 要するに今のクロスの状況は『気疲れ』といった状態だ。 「人が来る前に引き上げるとしますか……」 いくら深夜とはいえ、いくら住民の殆どが規則正しく早い時間に寝てしまうホワイト王国とはいえ、あんな天を貫くような白い火柱が立ち上っていたら、誰か見に来ない方が不思議である。 「にして、浄化が終われば自動的に消えるはずの白炎がいつまで経っても消えないわね……」 それは、いまだにティファレクトを浄化、すなわち滅ぼし尽くすことができないでいるということだった。 「……まあいっか」 クロスは白炎が消え去るまで見守ることを放棄する。 このまま、ここに居て、他人に来られると面倒になるというのが一番の理由だった。 踵を返そうとしたクロスの視線が死体の山で止まる。 一瞬、この死体の山を焼いてやろうかと思ったが、やめておくことにした。 死体の一つ一つに家族や知人が居る。 勝手に火葬するなど、余計なお世話どころか明らかな迷惑になるかもしれない。 大切な人なら自らの手で葬りたいものだろうから。 もっとも、ここまで無惨な死体では、身元が分からなかったり、どこからどこまでが誰の死体か解らないかもしれないが……それはそれだ。 「じゃあ、ばいばい、悪の吸血鬼ティファレクト。久しぶりに歯応えのある相手だったわ」 クロスは、白炎の柱に向けて一度だけ手を振ると、夜の闇の中に消えていった。 「やれやれ、負けクセでもついたんですかね、ティファレクトさんも」 コクマは困ったものですねといった表情で白炎の柱を見上げていた。 「さて、どうしたものですかね……炎を切り裂くのは簡単ですが、ティファレクトさんまで切り裂いてしまいそうですね。まあ、それはそれで面白いかもしれませんが」 コクマはクックックッと楽しげに喉を慣らす。 「では、トゥー……」 「お待ちください、コクマ様」 神剣を召喚しようとしたコクマを、突然、背後の闇の中から伸びてきた女の手が制止した。 「おや、あなたもホワイトに居られたのですか、Dさん」 夜の闇の中から、ゴスロリ風の少女Dが姿を現す。 「はい、少し野暮用がありましたので……」 Dはコクマの横を通り過ぎると、無造作に右手の掌を白炎の柱に当てた。 すると、白炎は、Dの掌に吸い込まれるかのように徐々に小さくなっていく。 やがて、白炎は完全に消え去り、ティファレクトが姿を現した。 「……D? なぜ、ここに居る?」 「たまたまですわ。では、わたくしはこれで……ごきげんよう」 Dは自分の役目は済んだとばかりに、夜の闇の中に溶け込むように姿を消し去る。 「運が良かったですね、ティファレクトさん。『たまたま』Dさんが居られたので、無傷で助かったのですよ」 「……ふん、あの程度の浄化の炎、三日三晩燃え続けようと、我が身を滅ぼすことなど叶わぬわっ!」 「でも、自力で脱出はできなかったんでしょ?」 「……魔力が尽きて炎が消えるのを待っていただけだ……」 「気の長い術の破り方ですね」 「ふん、我には時間など無意味だ」 ティファレクトはコクマを無視して歩きだした。 「まあ、確かに吸血鬼らしいセリフですが、今のタイミングで言っても格好はつきませんよ……んっ?」 コクマは死体の山に気づくと、パチンと指を鳴らす、それだけで、死体の山が唐突に燃え上がる。 「ついでにDさんに消してもらえば良かったですね。まあ別に放置したままでも良かった気もしますが、ゴミはちゃんと始末しないと街の美観を損ねますからね」 コクマは踵を返すと、ティファレクトの後を追うように、夜の闇に消えていった。 黒フードを頭から被り、ヴェールで口元を隠した妖しげな女性が、路上で占いの露店を出していた。 フードとヴェールの隙間から覗いている黒曜石の瞳は鋭く、そしてどこか神秘的である。 「売り上げはどんな感じ?」 軽い足取りで寄ってきた金髪の青年ルーファスが占い師に尋ねた。 「……いつもの10分の1以下だ」 「あらら、まあ、この国の人間は占いなんて不確かなものにすがるぐらいなら、神様にすがるような奴らばっかりだからね、無理ないかもね」 ルーファスはわざとらしく肩をすくめて見せる。 「私の占いは不確かではない、高確率で当たる!」 「その代わり、災い……悪いことしか占えないんだけどね」 ルーファスはクスリと意地悪く笑った。 「……う、悪いか!? あらかじめ災いが解っていればそれを回避するために努力できていいではないかっ!」 「でも、努力して回避できちゃったら、占いは外れたことになっちゃうよね」 「……う……うう……」 占い師が困ったような声を上げるのを、そしてフードとヴェールの奥の顔が困った表情を浮かべているのを予想……いや、確信して、ルーファスはクスクスと楽しげに笑う。 「……う、うるさいっ! ケチばかりつけるなっ! だったらお前が稼げっ!」 占い師は我慢の限界に達したのか、激高しルーファスの襟首を掴んだ。 「え〜? タナトスが養ってくれるんじゃないの?」 「……お前はヒモか?……何か、金を稼げる趣味か特技の一つでもないのか!?」 「趣味と特技〜?……んとね、じゃあ、人殺し! その辺の奴の身ぐるみをは……」 「それは追い剥ぎだっ! いや、強盗か!? どっちにしろお前は馬鹿だっ!」 ここが街中でなかったら、タナトスは間違いなく魂殺鎌を召喚し、ルーファスに斬りつけていただろう。 それ程、占い師……タナトスは荒れていた。 「だいたい、お前が贅沢ばかりするから、旅費が足りなくなるんだっ! そのせいで、仕事は終わったのに、帰るに帰れないではないかっ!」 「あははーっ、まあいいじゃん、休暇だと思って、このままここでゆっく……」 「金がなかったら、宿にも泊まらないだろうが、馬鹿っ!……それにこの国の空気は私には合わないんだ……」 最後の言葉だけはルーファス以外には聞こえないように小声である。 「確かに、タナトスとホワイト王国って、死神と天国って感じで最高に合ってないよね」 「……言うな、何よりも自分で自覚している……」 「まあ、タナトスが望むなら、この街を血と殺戮と退廃の街に作り替え……」 『そんなことしても姉様は喜ばないわよ』 ルーファスの声を唐突に割り込んできた女の声が遮った。 「というか、ただ単にあなたがそういう街の方が好きなだけじゃない」 長い銀の髪に、青玉の瞳。 銀色の魔術師風のローブを身に纏った十六歳ぐらいの健康的な美少女。 「……クロス?」 「ああ、会いたかった、タナトス姉様〜!」 クロスティーナ・カレン・ハイオールドは困惑している実の姉に抱きついた。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |